茨の城の王

クリスマス短期連載予定の小説。26日まで連載するかと…
ハムが吸血鬼の話です。18世紀の寒村をなんとなくイメージ。
前世とかいろいろ出てきます。

「茨の城に行ってくれないか」


昔から笑わない子だ、赤い目は魔の子供だと不気味に思われていた。
戦を逃れてこの地にきた両親も流行病で死に、残されたソランが生贄に捧げられるのも当然のことなのかもしれない。
それが、生まれてきた意味になるのならば。ソランは大した感情も抱かず、周囲の大人に頷いて見せた。


茨の城は北の深い森の先にある禁忌の地だと言われている。
そこには、この森を統べているという力を持つ吸血鬼が住んでいるらしく、疫病や飢饉が静まらないときは若い子供を捧げるらしい。
目隠しをされ、馬に乗せられたソランは空気が冷え込んでいくのを敏感に感じ取り、もう村には帰れないのだろうと悟る。北の森には茨があふれ、一度置いて行かれたら最期、と幼い頃から聞かされていた。

「恨まないでおくれよ」

森に詳しいという老人が申し訳なさそうな声で目隠しをしたままのソランを置いておくと、馬の蹄の音が遠ざかっていくのがわかる。恨むも何もない、それがソランの生きてきた意味なのだから。
とはいえ儀式用の衣装では冬の森は寒い。白い絹のドレスなど、村に暮らす以上一生着られぬと思っていた贅沢品だが寒さから身を守るには頼りなかった。
吸血鬼は、冷えた血液の方が好きなのだろうか･･･
目隠しを外しながらソランはため息をつく。手足の感覚は当になく、吐く息が月光で反射された。
吸血鬼に喰い殺されるか、凍死するか。どっちが楽なのだろうと考えながら、ソランは木にもたれかかる。茨がささったようだが、痛みさえ感じない。

「･･･早く来ないと生き血がすすれなくなるぞ」

いるかどうか定かではない吸血鬼に嫌みを言ってみる。しかしそれは決して強がりではなく、このまま睡魔に身を任せてしまいたくなる。
そうすれば、生き血をすすられることよりも楽に死ねるのだろうか･･･



「それは大変だ」

目の前が不意に漆黒へと染まった。
そして遮断される冷気。何が起こったのかわからず瞬きしていると、暖かさはそのまま、顔だけがひょっこりと暗闇から抜け出した。どうやら肩にマントを掛けられたらしい、上質な生地で作られているそれは暖かく、それでいて羽のように軽くソランの身を包み込んだ。

「シャーベットになられては困る」

村の者にはない、優雅さと自信に満ちた声が耳をくすぐる。
そして凍てついた月明かりに照らされた声の主に、ソランはかすかに息をのんだ。
漆黒の衣装に透けるような白磁の肌、秋の稲穂のような見事な金髪、そしてどんな宝石よりも美しく見える煌めく翠玉の瞳。
村から出たことがないソランにとって、本の挿し絵でみた天使や王子のようで･･･そしてどこか魔性じみた美しさに、背筋がぞくりと無意識にふるえる。
人形めいた圧倒的な美しさを前に、畏怖を感じたのだ。
しかし甘い顔立ちではあるが、右半分を覆うかのような傷跡がどこかその容姿に厳格さを与えている。

「あんたが･･･茨の吸血鬼･･･」
「いかにも」

吸血鬼は子供のようにあどけない笑みを浮かべる。
不思議と恐怖は感じなかった。これから生きながら人を越えた存在に喰われるというのに、吸血鬼が余りにも美しく、邪気のない存在だったために拍子抜けしていたのだ。
この森を古くから支配するというのだから、まがまがしい化け物を想像していたというのに。

「･･･本当にあんたが？」
「む、牙はちゃんと生えているぞ」

吸血鬼が真珠のような白い牙をのぞかせる。たしかにそれは人間にしては長く伝承の通り、首に突き立てやすそうなものではあるが･･･

「ここでは冷える。ひとまず私の城に向かおうか」

女性は冷えが大敵と聞いているからな。
完全に毒気を抜かれギャップに唖然としているソランの体を、吸血鬼はひょいと横抱きにする。
城に連れ込み、体を温めてから生き血でも数のだろうか？それとも焼いて食べられてしまうのだろうか？
しかし恐怖はなく、ソランは成すがまま彼に体を預ける。するとその瞬間、竜巻に飲み込まれたかのように世界が反転し、強い風がソランを襲った。