滴る紅い糸

25話派生で突発的に書いたハムの独白。短い上に病んでます。そして爆発後の捏造話です。

滴る紅い糸




モニターの光が網膜を焼いた。
だが少年のバイザー越しにも強く輝く瞳が、いつまでも鮮やかに残っている。
やっと捕まえた。
愛するものとの、終わり。
それもまた、悪くはない。
なかなかセンチメンタリズムではないか。
散っていった部下と、立ち向かおうとする少年の顔にグラハムは満足感を覚え、意識を失った。



血の匂いがする。
薄く目を開けると、そこには彼が想い描いていた天国はない。
あるのはノイズばかりのモニターと、壊れかけたコックピット糸の切れたルビーの首輪の珠のような血のみだった。

「・・・あの世、にしてはいささか無骨だ、な・・・」

あの時、死を自覚した。否、最初から死ぬつもりだった。
あのガンダム相手に、擬似太陽炉を搭載した所でフラッグでは勝てないと確信していたから。

「全く悪運、が・・・」

軽く笑おうとしたが、口から溢れたのは鉄の味。白いパイロットスーツはいつのまにか赤黒く染まり、これなら天国の方がましかも知れないと苦笑する。
口を押さえても、深紅の液体はどこからともなく迸る。
突き抜けるような青空の下輝くあの少年の瞳も、確かこんな色だった。
あの時のおどおどした姿と、態度とは裏腹にアザディスタンの太陽のような焼け付く視線。
思い返しくつりと笑おうとすると、砂嵐のみのはずのモニターに、見慣れた顔が映った。


『グラハム！生きてるかい！？』
「カ・・タギリ・・・」

取り乱して問いかける画面の中のカタギリに大丈夫だと軽く笑みを返してみせる。だがカタギリはグラハムを見るなりさっと血の気を失い、唇を震わせカメラに詰め寄った。

『グラハムっ！？なんて怪我なんだ！！』
「え？」
『顔がっ・・・』

そういうなりだらりと、フィルターがかかったように視界が赤く染まった。
何事かと目を覆えば、大量の鮮血がどろりと手袋から流れ落ちた。そのまま手を這わせば、鋭い表面上の痛みが稲妻のように走る。

「・・・また、男前になって、しまったな」
『そんなこといってる場合じゃ・・・！』

彼に負わされた傷。
それは彼と出会った何よりの証。

「やはり・・・彼と、私は・・・」

いきなりぐらりと、視界が傾いだ。どうやら出血しすぎたようだ。意識は既に霧の中にいるかのように朦朧とし、カタギリの声もよく認識できなくなってきた。

「カタ・・・ギリ・・・」
『喋らないでくれ！今救援が・・・』
「ガ、ンダムは・・・」
『え？』
「ガンダムは・・・？」
『君のそばにはない！だから、もう動かないで・・・！』

ああ、と鉄臭い口で薄く微笑む。
完全に相討ちだった。だが、グラハムはこうして生きている。
ならば、性能的に上であろうガンダムも無事なのだろう。


君とまた、戦う運命らしいね、私は・・・
なんという皮肉な運命だろう。なんという喜劇的悲劇だろう
。
運命の女神は、まだ幕引きを許してはくれない

「ま、だ・・・赤い糸は、切れてない、ようだな・・・」

確かに私は歪んでいるかもしれない。
仇討ちのはずなのに、君と闘うと歓喜が身を包み込んだから。
所詮軍人とは、闘いを好むものがなるものなのだがら。
だが君は違う。
どこまでも、憎たらしい程真っ直ぐな君。
本気で世界を変えようとしている君。
だが君と出会う為なら、闘う為なら、どこまでも歪もうじゃないか。
そして今度こそ、この歪んだ憎しみにも近い愛に応えてもらう。


この傷に、再会を誓おう。





「だから・・・」

砂嵐で何も写さないモニターに、赤黒く血塗られた手を伸ばす。
そこにも、その先にもいないだろうが、共に宇宙を漂う少年に手を伸ばした。
ちぎれかかった血の滴る赤い糸を、その手に絡み付かせるように。







「次こそは・・・」
捕まえて、放してやらない。






伸ばした手が虚空を切ると、グラハムは糸の切れたかのように、静かに瞼を閉じた。